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副総理になった人・・・!

 郷里の同窓会に出席するとかならずと言っていいほど「下さんの家は後藤田さんの家の近くで・・・・」
(阿波弁では・・・ですか?と尋ねるのを「・・・で」という) 徳島県で後藤田と言えば戦中に内務省に入った、後藤田正晴(1914~2005)氏の事である。カミソリ後藤田と異名をとった。政界のキレ者である。警察庁長官をはじめとして、宮沢内閣の副総理まで影の総理として戦後の政界を良くも悪くも牛耳った男である。
出生地として徳島県麻植郡美郷村(現在の 吉野川市美郷 である)
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日本中に知られた「後藤田道路」郷里美郷に続く、
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美郷への入り口にある氏の顕彰碑
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我が少年期を過ごした故郷への道・・・・・(google mapは250線よりは撮影されていない)
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自衛隊の海外派遣には断固とした姿勢で拒んでいた。(自衛隊の生みの親である。)
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私とは年代が違うし、後藤田氏が県南部の支持を得て衆議院議員になった頃からで大阪在住の私には子供の頃暮らした村が同じだと言うくらいだ。  氏に関係する書物に、後藤田氏は「終戦」とは言わなかった、「敗戦」と何時も言っていた。戦争を知らない世代の「親父の世代だから関係ない」という発想に潜んでいる、歴史的教訓を学ぼうとしない怠慢を憂えていた。  
  この点では共感する。もうすぐ8月15日,71年目の「敗戦の日」である。
Commented by dande550213 at 2016-07-29 11:11
「敗戦」以外の何物でもないのに、「終戦」と言ってごまかし続けている不思議。

後藤田さんもその疑念を表明しておられたとは知りませんでした。

後藤田さんの現役の頃は何となく敬遠していましたが、死後、いろんな方の本で、彼が自民党で一番まともな政治家だったという評価を読むようになって、最近興味をもつようになった政治家です。

裏方に徹した方でしたねえ・・・。
Commented by john-isao at 2016-07-29 17:52 x
後藤田氏は徳島県南部では今も総理にならなかったのが惜しまれています。このような人が総理大臣の傍で「正当な回答を出してやらねば日本はアメリカの使い走りになり血の代価を払うようになりますね!」
by john3-16-1303 | 2016-07-28 08:55 | Comments(2)

「世は去り、世はきたる。しかし地は永遠に変わらない」 伝道の書1:4 since 2008


by john-isao